「翻訳苦心談 2:連城の玉」の本文を読んで、下の問に答えなさい。
[1] また或る日、鼻のところにて、「フルヘッヘンドせしものなり」とあるに至りしに、この語わからず。これは如何なることにてあるべきと考へ合ひしに、如何ともせんやうなし。
[2] その頃ウヲールデンブック(釈字書)といふものなし。漸く長崎より良沢求め帰りし簡略なる一小冊ありしを見合せたるに、フルヘッヘンドの釈註に、木の枝を断ち去れば、その跡フルヘッヘンドをなし、また庭を掃除すれば、その塵土聚まりフルヘッヘンドすといふやうに読み出だせり。これは如何なる意味なるべしと、また例の如くこじつけ考へ合ふに、弁へかねたり。
[3] 時に、翁思ふに、「木の枝を断りたる跡癒ゆれば堆くなり、また掃除して塵土聚まればこれも堆くなるなり。鼻は面中に在りて堆起せるものなれば、フルヘッヘンドは堆(ウヅタカシ)といふことなるべし。然ればこの語は堆と訳しては如何」と言ひければ、
[4] 各々これを聞きて、「甚だ尤もなり。堆と訳さば正当すべし」と決定せり。その時の嬉しさは、何にたとへんかたもなく、連城の玉をも得し心地せり。