科学のセンス・オブ・ワンダー 〜物理学者とともに見る世界〜

「科学のセンス・オブ・ワンダー 〜物理学者とともに見る世界〜」(松葉舎ゼミ講義回)と題したトークイベントを、東京浅草橋にて5月16日木曜日、5月19日日曜日に開催いたします。講師は松葉舎主宰の江本伸悟さん。かつては渦の物理学を研究していました。


物理学者といえば、遥か遠大な宇宙を望み、原子の奥深くの極微を見つめ、机上の難解な数式とにらめっこしている姿が思い浮かぶかもしれません。

しかし今回の講義では、一杯の茶碗の湯、一本の蝋燭の灯り、スプーンやワイングラス、雨が屋根をたたく音、ふだん何気なくこなしている体の動きなど、本当に誰もが身近に感じられる物事を、科学のセンスを通じて感じなおしていきたいと思っています。

いまここで感じられるものの中にも、不思議が隠れている。その不思議が、ここではない、どこか遠くの世界にまで繋がっている。その驚き。茶碗が、蝋燭が、ワイングラスが、いままでとは異なる仕方で世界と結びつきはじめる。そうして茶碗が茶碗ではなくなり、蝋燭が蝋燭ではなくなり、世界がその相貌を変えていく。そんな瞬間を味わっていただければと思います。

科学に詳しくない方にも——むしろ、自分はこれまで科学に縁がなかったと感じられている方にこそ——ご参加いただきたいと思っています。

以下、今回のイベントで紹介する書籍からの引用を少しと、今回のイベントを開くきっかけとなった独立研究者・森田真生さんによる『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン)の「新訳とそのつづき」について、講師の江本さんから寄せられた言葉を載せておきたいと思います。


——ここに茶わんが一つあります。中には熱い湯がいっぱいはいっております。ただそれだけではなんのおもしろみもなく不思議もないようですが、よく気をつけて見ていると、だんだんにいろいろの微細なことが目につき、さまざまの疑問が起こって来るはずです。ただ一ぱいのこの湯でも、自然の現象を観察し研究することの好きな人には、なかなかおもしろい見物です。(寺田寅彦『科学絵本 茶碗の湯』窮理舎)

—— ある音を知れば知るほど、その音は変わっていく。……たとえば「アニマル」。この言葉を、何回も何回も、ついには意味がなくなって、ふしぎな音が空中をただよっているみたいになるまで、いっしょにくりかえしてみよう。(R・マリー・シェーファー、今田匡彦『音さがしの本』春秋社)

——私がみなさんと一緒に経験したいと思っていることは、たった一つのことなのです。 それは、「ふだんあたりまえにしている動き」を、「新しい身体の経験」として自覚的に体験してもらうこと。……純粋な研究心とも呼べるような気持ちが起きてきて、そうなると、表情や目の輝きまで違ってきます。自ら自分の身体に興味を持つということがこんなに人に力を与えるものなのか、いつも私が教えられることです。(甲野陽紀『身体は「わたし」を映す間鏡である』和器出版)

——ふだん何気なくしていて、目には入っているのに気づいていないこと、見えていないことっていうのが無数にある。「考える」ということはきっとそういうことにも関係がある。(野矢茂樹『はじめて考えるときのように』PHP研究所)


開催によせて(江本伸悟)
2024年3月23日、独立研究者の森田真生さんによる『センス・オブ・ワンダー』(レイチェル・カーソン)の新訳と、そのつづき「僕たちのセンス・オブ・ワンダー」を合わせた一冊が刊行されました。

『センス・オブ・ワンダー』は、自然の驚異と不思議へと私たちの感覚を開かせてくれる不朽の名作として知られていますが、それが未完の書として遺されたことが世に惜しまれてもきました。

しかし、森田さんによる「そのつづき」は、『センス・オブ・ワンダー』を完結させるべく書かれた「つづき」というわけではありません。カーソンとは異なる土地、異なる時代に生きている「僕たち」のひとりとして、彼は自身の足下を見つめ、自らの生きる現実に照らし合わせながら、これを書き「継ぎ」ました。そのことによって彼は、これからの世界を生きる未来の「僕たち」に向けて、本書を開きなおそうとしたのです。

 ***

実をいうと森田くんは僕の親友であり、本来であればすぐにでも感想を寄せたいと思っていたのですが、実際にこの本を読み始めるとカーソンの言葉が僕の前に立ちはだかって、すぐには言葉がでなくなってしまいました。上遠恵子さんによる翻訳で『センス・オブ・ワンダー』は以前に読んでいたのですが、カーソンの「知ることは感じることの半分も重要ではない」(上遠恵子訳)という言葉に当時感じていた引っかかりが思い起こされてきたのです。

この言葉を自らの文章にも反映させるように、『センス・オブ・ワンダー』では、細かな知識を持たずとも現地におもむき感覚をひらけばその場で感じとれる自然に、その記述の大部分が捧げられています。また、そこでは自然の織りなす光景が精緻に描写されているのに対して、人間の作った人工物が積極的な意味を担って登場することはありません。

知ることと感じること、あるいは人間と自然の間に与えられたこの距離と序列こそが、カーソンが本書に込めようとしていたメッセージの一つであり、それはセンス・オブ・ワンダーのあり方にまで関わってくる本質的な問題だと思うのですが、以前の僕はそのことの意味を吟味し尽くせずにいました。

「知ることは感じることの半分も重要ではない」とカーソンが語るその文脈において、僕はこの言葉に納得も共感もしています。しかし、生物学者としての来歴をもち、人一倍「知」に精通していた彼女がこの言葉に込めた意味の真髄を掴むまでは、それを僕自身の知り方、感じ方、分かり方として鵜呑みにしてはならないと感じていたのです。

翻って森田くんの書いた「そのつづき」を読むと、そこには、知ることを通じてはじめて感じられる心の風景が描写されています。一方では、自然を損なうだけでなく、自然に恵みをもたらすものとしての人工物の姿が記述されてもいます。

森田くんは独立研究者として、世界の知り方、感じ方、分り方を、一つひとつ手作りするように、これまで探求を続けてきました。そこには「知る」こと、「感じる」こと、「分かる」こと(さらには「在る」こと、「動く」こと、「生きる」こと)の関係を問いなおし、組み換えていく作業も含まれています。

そうして独自のブレンドで自分流の「分かり方」を配合してきた森田くんが、「知る」こと、「感じる」ことの間に与えた関係は、やはりレイチェル・カーソンのそれとは異なっているように思えます。彼が独立研究者を名乗っているのは、ただ既存の制度から独立しているというだけの意味ではありません。自分が世界を分かろうとするその方法を、自らの手で作りなおしていく。その意味で彼は「独立」しているのです。

カーソンとは時空を隔てた現代の日本に生きる私たちが、『センス・オブ・ワンダー』を読む。それは必ずしも、カーソンが感じたように感じ、カーソンが知ったように知る、ということではないはずです。私たち一人ひとりが、知ることと感じることの関係を紡ぎなおし、そうして『僕たちのセンス・オブ・ワンダー』を新たに立ちあげていく。それこそが、カーソンを読み継ぐということなのだと思います。

 ***

無論それは、容易いことではありません。

そこでこの度の松葉舎ゼミでは、この果敢な挑戦のよすがとすべく、僕にこの世界の見方、知り方、感じ方を教えてくれた方々の書籍を紹介したいと思っています。

ふと気づけば、一杯の茶碗の湯にも、一本の蝋燭の灯りにも、宇宙の不思議が満ちあふれている。これは松葉舎の開塾挨拶に書いた理念となりますが、「自分独りでは想えない不思議を想い、感じられない美しさを感じ、考えられない物事を考える」ための時間と場所を立ちあげられればと思います。


選書の縛りとして、今回は生物に関わる本は取り扱わないことにしました。元物理学者としての僕自身の背景を活かし、生物学者であったレイチェル・カーソンとは違う角度でこの世界を感じなおしていきたいと思います。また、惑星、茶碗、蝋燭、道具、数学、おと、身体など、本当に誰もがその場でそれを感じられるものだけにトピックを絞ることにしました。


付記
カーソンの「知ることは感じることに比べて半分も重要ではない」(森田真生訳)という言葉にあらためて向きあうために、『センス・オブ・ワンダー』の原文と二つの訳を一部比較対照していきました。それに合わせて「開催に寄せて」の文章を必要最小限の範囲で訂正しています。


イベント情報
日時 :2024年5月16日(木)19:00-21:30(開場18:45)
    2024年5月19日(日)14:00-16:30(開場13:45)
場所 :東京都中央区東日本橋2丁目26番8号MKKビル 8F
最寄り:浅草橋駅(東日本橋駅・馬喰町駅・馬喰横山駅)
参加費:3000円(税込)


紹介予定図書
『センス・オブ・ワンダー』(文・レイチェル・カーソン、訳とそのつづき・森田真生、絵・西村ツチカ)
『はじめて考えるときのように』(文・野矢茂樹、絵・植田真)
『科学絵本 茶碗の湯』(文・寺田寅彦、絵・高橋昌子)
『「ロウソクの科学」が教えてくれること』(原作・ファラデー、監修・白川英樹、編訳・尾島好美)
『道具のブツリ』(文・田中幸、文・結城千代子、絵・大塚文香)
『数学の贈り物』(森田真生)
『音さがしの本』(R・マリー・シェーファー、今田匡彦)
『身体は「わたし」を映す間鏡である』(甲野陽紀)


座談会のお知らせ
この度のイベントで紹介された本を誰かとともに語りあいたいという方のために、松葉舎ゼミでは講義回の1ヶ月後に少人数制の座談会を設けております。場所としては原宿・明治神宮前エリアのサロンを、候補日程としては6月16日の昼間と6月20日の夕方を予定しておりますが、正式に決まりましたらまたお知らせいたします。


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